たかやまひこくろう高山正之
ヒコクロ
号は仲縄、寛政三奇人のひとり。まず伊勢崎に出て垂加神道を学び、さらに江戸に行き細井平州(上杉鷹山の先生)に儒学を学んだ。水戸藩士との交遊 が多く、ある時十五才の少年が書いた文章を褒めてあげたらその子がのちに藤田幽谷になった。
寛政三年、友人からもらった緑毛亀を光格天皇に献上し、 おほめの言葉を賜った。実際は天皇陛下に拝謁はしておらず、節会の一般参賀でちらっとお目に留まっただけのようだ。
戦前の彦九郎伝では、ふたりの奥さん(名は「しげ」と「さと」)の事については「英雄色を好む」で済まされていた。戦後はそれじゃまずいので先妻・後妻として 説明されている。でもそれじゃつまらんね。
幕府に弾圧され日田を彷徨っているとき、泊めてくれた家で十二才の子供が書いた漢詩をほめてあげたら、その子が後で 広瀬淡窓になった。追い詰められたすえ久留米の森家で割腹、寛政五年六月二十八日死去。
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野間光辰「日本の旅人7・高山彦九郎」(1974.淡交社)・「偉人史叢・高山彦九郎」(明治29.裳華房)
前野良沢/林子平/筒井左膳/彦九郎の祖母/ 高山専蔵/長久保/白木屋彦太郎/関睡峒/ 光格天皇/松平定信/蒲生君平/広瀬淡窓/ 森嘉膳/吉田松陰

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