ふじたとうこ藤田彪
※号の「東湖」とは生家が池の東側にあったことからつけた。通称は虎之助など。
文化三年に藤田幽谷の次男として生まれる。亀田鵬斎に折衷学を学び、 斉藤弥九郎とともに神道無念流を学ぶ。大津浜事件の時はイギリス人を皆殺しにしようと現場に向かったが、一足遅く解放されていたのでガッカリ。
文政十年家督を継ぎ、斉昭擁立に奔走した。斉昭が藩主になると側用人として改革を支えたが、天保十五年主君もろとも数年間の蟄居処分。この間書いたのが、 「陽だまりの樹」で伊武谷万二郎が愛誦していた「回天詩史」だ。

三たび死を決して而も死せず
二十五回刀水を渡る
五たび閑地を乞ひて閑を得ず
三十九年七処に徒る
邦家の隆替偶然に非ず
人生の得失あに徒爾ならんや(以下略)

意訳するとまあ「俺はまだ本気出してないだけ」 くらいの意味である。
攘夷派であるが「敵を知り己を知れば〜」の兵法は弁えているので渡辺崋山や江川太郎左衛門とも広く交際していた。 後世「尚歯会」と呼ばれている集団の大部分は、実質的に水戸藩顧問団でもある。西郷隆盛も尊敬していたこの人が安政大地震で死んだため、水戸藩は内乱状態に。
※靖国神社で日本軍の戦死者を「英霊」というのは東湖の詩から来ている表現らしいよ。
十三45,90十四262十七256-258
幕末一84-102,107-108,132五90六98-101九199-201十一146十二26-27,35,110,153十四19十六44十九187二十七52
鈴木暎一「藤田東湖新装版」(1997.吉川弘文館人物叢書)・「日本思想大系・水戸学」(1973.岩波書店)・手塚治虫「陽だまりの樹」(各社)
藤田幽谷/水戸黄門/佐々介三郎/安積覚 /戸田忠太夫/亀田鵬斎/渡辺崋山/江川太郎左衛門

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