しまづなりあきら島津斉彬
よく見たら1巻から出ていた島津家二十八代当主。文化六年生まれ、大名家のしきたりとして子供の頃はずっと江戸で暮らし、同じく江戸に隠居屋敷を 構えていた重豪に蘭癖を刷り込まれる。
ある日、重豪が自慢にしていた舶来グラスコレクションの一つを近習が割ってしまった。斉彬は彼が切腹しようとするのを 止めて、祖父にコレクションを全部出してくれと頼んだ。そして並べられたグラスを残らず叩き割った。
「たかがガラスじゃないですか。人の命には代えられません」
重豪は笑って許したのだった。…なんかどっかで聞いたような話だが、そんな感じで家臣の評判はどんどん高まった。
父が家督をなかなか譲らないので、 薩摩には天保六年に行ったきりで、もっぱら江戸で多くの大名・学者と交遊し顔を売っていた。斉彬の治績とされる事業には、 この間薩摩で調所広郷たちが始めていたものも多いのである。
彼が権力をつかむまでにはかなりエゲツナイこともやっているのだが、 それで人格的に非難されることはなく、むしろ「こうまでしなければ日本は危ういのだ!」と皆を発奮させてしまうという物凄いカリスマの持ち主であった。
安政五年七月に、マンガで描かれた通り謎の急死。
一177十三270十八226-251十九133,285二十5,25,31-43,77,156,290
幕末一7,113-156二203三38-43,66-67,78-83,91,104-106,132-134四62,162-166,189,202,209,226 五26,58,205-212六138七12-19,23-25,169-171九119,183-184十27,57十一104,141-147,210-214十二3,8-36,42-43,135十四21-28,72-75,98,189,202-210十五21,43-46,55,68,147-155,159, 171-186十六52-55十七20,84十八196十九17,32,158,172,193二十五61,150二十六157,165,168二十七52,146-193二十八15,102,112
B・芳即正「島津斉彬」(1993.吉川弘文館人物叢書)
島津重豪/島津斉興/阿部正弘/筒井政憲/調所笑左衛門/日下部伊三治

目次へ戻る