しまづなりおき島津斉興
島津家二十七代当主。寛政三年生まれ、文化六年に家督を継ぐ。とはいえ重豪が死ぬまで実権はなかった。
頑迷なイメージしかない人だが、意外や若いころは「優し過ぎるのが欠点」などと評されていたのだ。祖父や孫との長い闘争が斉興をかえてしまったのだろうか。
調所とともに重豪の借金返済にあけくれ土地改革・軍備近代化・インフラ整備などの改革を続けたのだが誰もほめてくれず、ぜんぶ江戸でブラブラしていた斉彬の 功績になった。せめて官位を上げてくれよと頼んだら、幕府からは赤いチャンチャンコを贈ってきた。隠居しろよという意味である。
安政六年に病没。暗殺説がありそうなものだが全然見当たらない。
十八226,239-244二十24-51,77,86-94,156-163
幕末一115-125十一213-214十二8十四145十五42-43,180-182十六33-34十七10,20,24十八182,202十九146-147,195 二十七197
B・芳即正「調所広郷」(1985.吉川弘文館人物叢書)
島津重豪/島津斉彬/阿部正弘/調所笑左衛門

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