おだのなおたけ小田野直武
武助
秋田藩角館出身。はじめ狩野派を学び、秋田に来た源内に洋風画を学ぶ。源内を追って銅山吟味役として出府。田沼の相良城へ使いに行った事もある。代表作に「不忍池図」「解体新書挿画」など。源内の死と同じころ秋田に呼び戻され、安永九年謎の急死。
角館領主の佐竹北家は公家と親戚であり、もともと文化豊かな小京都であった。近代になっても平福百穂などの画家を出している。「真上から見たおそなえモチ」の話は百穂が語り伝えているもの。
五230-239,245-255,265-274,280-283六21-23,51,199-205,223,240-241,273-275,291-299,302,306-311七7十七30
成瀬不二雄「江戸時代洋風画史」(2002.中央公論美術出版)
平賀源内/佐竹曙山/前野良沢/杉田玄白/司馬江漢/田沼意次/ 福助

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