かみおしずか神尾志津?
静ちゃん
※「カンオ」「カンノオ」などと読む資料もあるが、ここではマンガでの読み方に従う。
会津藩の記録では神尾伊予栄加の娘とされるが、 板橋の大工の娘という文献もある。江戸城に奉公に上がって、秀忠の御手付きとなり妊娠。一度城から下がって子供を流したが、秀忠にまた呼び戻されまた妊娠。 親族会議で今度は生むことになった。
一説には生んだのは双子であり、片方は梓右近を名乗って市井で幕府のため闘った。この説を取り上げたTBSの歴史番組 「江戸を斬る」によると竹脇無我似のいい男であったという。
実は秀忠より長く生きており、秀忠の死後に出家して浄光院と名乗り、 保科正之に引き取られて寛永十二年に会津で没。
二133-138,171,189-190,198-221,228-245,264-273,277-279,283,300三5,58-64,84,94-95,117,188九26
C・「徳川諸家系譜全四巻」(1970-1984.続群書類従完成会)・中村彰彦「慈悲の名君・保科正之」(2010.角川選書)
徳川秀忠/神尾某(英加)/保科正之/ 土井利勝/神尾静母子と一緒にハラハラしてた尼さん

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