はやしげんごべえ岡村良通
子平の父。戦前の林子平伝によると、元は徳川家宣に仕え幕府の小納戸兼書物奉行となり、従五位下大炊頭、「儀礼攷」10巻などを編纂、 新井白石とも親友だったと言う。…なんか凄い履歴ですが、どこまで信用できるのやら。正徳〜元文時代の武鑑や御書物方日記を見ても名前がないのだが。
元文四年、 刃傷事件を起こし失業したとされている。しかし相手の大鳥忠太夫という人も調べた限り記録が何一つ残っていない。真山青果の説では、本当は荷田在満と賀茂真淵の学問的確執に 巻き込まれたのではないかと推測されている(田安宗武の項参照)。まあとにかく江戸を離れあちこち放浪したすえ常陸に隠棲。名を林磨詰と改め、笠翁と号した。
著作を読むと荻生徂徠を好み国学に通じ、賀茂真淵ほかを罵倒しまくっている。物知りだけど人と仲良くできないタイプなのは分かる。
明和四年没、享年六十八。
四216-230,257-264,271,275十二138
「新編林子平全集」全五巻(1978-1980.第一書房)・「日本随筆大成第一期第1巻」(1975.吉川弘文館)・「徳川三百年人物大鑑・四」(明治36年刊.1994復刻.クルス出版)
林子平/林なほ/林嘉善/林従吾/ 伊達宗村/徳川家宣/田安宗武/伊能魚彦

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