たやすむねたけ徳川宗武
吉宗の次男で定信の父。正徳五年生まれ、十六才で田安家初代となる。英明と言われたがどこかで政治をしたわけではないので実力は未知数。
国学者・歌人としては多くの著作があり、正岡子規にも高く評価されている。最初は新古今主義の荷田在満を召抱えていたが、説に誤りがあったので退け、代わりに万葉主義 の賀茂真淵を採用した(真山青果の説だと、林子平の父はこのゴタゴタに巻き込まれて浪人したらしい。子平と定信は親の代から因縁があったわけだ)。現在われわれが 「国学」と聞いてイメージする真淵―宣長の路線を敷いたのが宗武なのである。
明和八年に没。
五177-179七88-90十三203-204,214
幕末一71
A・「近世文学研究事典」(2006.おうふう)・寺田泰政「賀茂真淵」(1979.浜松史跡調査検証会)・「新編林子平全集」第五巻(1980.第一書房)
徳川吉宗/松平定信/徳川家重/ 一橋治斉/林源五兵衛

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