るいじゅうろくせいルイ・カペー
陛下
例によって実は名君説もあるフランスの錠前屋。この漫画にはほとんど出てこないが、どうせだから「風雲児たち」と「ベルばら」の物語を対照してみよう。
平田靱負が腹を切った半年後くらいにマリー・アントワネットやオスカルが生まれた(1755年)。
マリーがデュ・バリー夫人に声をかけて悔し泣きしていたころ、 前野良沢も長女を失い泣いていた(明和九年)。
林子平が長崎で唐人と戦っていたころ、ロザリーはジャルジェ家で貴婦人修行をしていた(1777年)。
パリが首飾り事件で大騒ぎだったころ、蝦夷地では田沼調査隊が苦闘していた(天明五年)。
土山宗次郎が平秩東作に匿われていたころ、黒い騎士もオスカルに匿われていた(1787年)。
徳内と青島がアイヌ叛乱調査で忙しかったころ、オスカルもロストバージンしたり脱サラしたり撃たれて死んだりするので忙しかった(1789年)。
ルイ16世が死刑になってからマリー・アントワネットが死刑になるまでの間に、大塩平八郎と渡辺崋山が生まれ林子平と高山彦九郎が死んだ(寛政五年)。

※ルイ16世はヒュームの清教徒革命史を熟読しており、自分は死にたくないのでチャールズ1世が押した所は引き、引いた所は押すように心がけた。 しかしそれが全て裏目に出てギロチン送りになった。歴史に学ぶって難しいね。
※※ルイは航海学にも興味を持っており、ラ=ペルーズ伯に太平洋探検を挙行させた。 この探検隊は樺太まで到達し大きな学術的成果を残している。革命がなかったら、日本を開国させたのはフランスだったかもしれないのだ。
十134十一67-68
ベルナール=ヴァンサン「世界の傑物3・ルイ16世」(2010.祥伝社)・シュテファン=ツヴァイク「マリー・アントワネット」(1989.河出文庫)・ 池田理代子「ベルサイユのばら」(各社)
ルグロ夫人/エカテリーナ女帝/ リアンクール公

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