あんどうひろしげ安藤徳太郎ほか
※本名は安藤徳太郎(幼名)・重右衛門(家督相続後)・鉄蔵(隠居後)・徳兵衛(剃髪後)で画号は歌川広重。いつから両者をごっちゃにして呼ぶように なったのか分からんが、現在の美術書では「歌川広重」と書くことになっている。
寛政九年生まれ、定火消同心の子。歌川派に入門して文化九年デビュー、最初は 美人画で売っていたがいまいちパッとしない。天保になって風景画を始め一気にブレイクした。清涼感ある色合いは「ベロ藍」という舶来染料を使ったもので、構図には (絵的に面白ければ)2点透視法も用いた。この時代すでに、洋画技法が日本的に消化されていたのである。
代表作「東海道五拾三次」には元ネタを江漢が描いたという 新説があるが、あれはもともと複数の種本が指摘されているので今さら誰か一人のパクリということはありえない。むしろ亜欧堂田善のほうが広重に影響を与えているのでは ないかと言われる。
縦長サイズの花鳥画も上手く、「月に雁」は切手になって郵趣家ならみんな知っている。
「名所江戸百景」(このサイト作ってて気付いたが、 連載初期からしばしば引用されていたのだね)を遺し、コロリで安政五年没。二世・三世の広重も幕末明治を描いてそれなりに活躍した。
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A・内藤正人「歌川広重・生涯と作品」(2007.東京美術)・「歌川広重・東海道五拾三次保永堂版」(2010.二玄社)
司馬江漢/亜欧堂田善

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