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風雲児たちには出てこないけどやっぱりこいつらも風雲児たち事典

六物空万(享和元-安政六)

安政の大獄ではたくさんの人がどうでもいいような罪状で逮捕され命を落とした。元凶は孝明天皇と徳川斉昭だと初めから明らかなのだが、この二人だけは殺すわけにもいかないから、 かわりに周囲の小物がイケニエになったのである。
中でも一際どうでもよさに輝くのが六物空万(満とも)というラノベみたいな名の男で、なんと占いやって捕まったのである。

六物は本名を森龍蔵といい、もと大和葛城の郷士の次男坊である。医学を学んで大覚寺の療病院別当になり、ついでに天文暦学(近代天文学じゃなくて六白金星がどうとかいう類) もかじっていたそうな。
葛城地方といえば楠木正成のお膝元だから勤皇思想に染まるのは自然だが、志士として何か実のある事をやったわけではない。 まずペリー来航の時に朝廷の命で黒船退散の祈祷をしたくらいのことである。

こいつが安政五年に出現したドナティ大彗星を見て、 「この彗星は主上を廃せんとする彦根陰謀の前兆なり」と判じ、富小路家を通じて朝廷に言上したという。 それが間部詮勝と長野主膳の報告するところとなって江戸に引っ張られた。
翌年に「みだりに御命運を占察し、御祈祷を奉修する等の罪状をもって」遠島刑の判決を 受けたものの出発前に獄死している。享年59。

こんなんでも維新後に正五位を追贈されており、あるいはもっと裏のある話だったかもしれない。 何か別の現実的なルートで情報を入手していて、星占いの形をとって報告したとか。反幕ムードを盛り上げたい勢力がバックに存在したとか。

※参考文献
「明治維新人名辞典」(.吉川弘文館)・「大日本維新史料・井伊家史料十一」(1979.東京大学出版会)

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