岸直輔
金沢藩士岸権兵衛の息子。石川県史付録の前田家侍帳をみるに、実家は金沢市味噌蔵町にあって百石取りのやつがそれっぽい。直輔は適塾名簿によると嘉永六年四月十四日に入門している。 福沢諭吉の2年ほど先輩に当たるわけだが、学年の上下など問題にせず平等なのが適塾の流儀であった。
チフスにかかって諭吉ほか一名の看病むなしく安政三年三月七日病死。 遺体は火葬にして故郷に骨を帰した。それ以上のことは慶応でも分からないそうだが、金沢に行けば郷土史の本に何か書いてあるかも。
幕末十110
「『福翁自伝』の研究・註釈篇」(2006.慶応義塾出版会)・「日本洋学人名事典」(1994.柏書房)・「石川縣史第二編」(昭3.石川県)
福沢三之助

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